• 116.7X90.9cm
  • 65.2 × 53.0cm / oil on canvas / 2013
  • 72.7 x 60.6cm / 1997
  • 90.9 x 72.7cm / 1997
  • 52x34cm / Charcoal ink, Washi / 2011

ようこそ多田祐子の世界へ

洋画家の多田祐子です。2007年6月から「Web サイト」を開設しております
<現在>
メディチ文化協会正会員
WAC世界文化交流会正会員
ハプスブルク芸術友好協会・宮廷芸術会員
ウイーン市芸術名誉市民
タイ国立シルパコーン大学客員教授 & タイ王室名誉技芸員
そして
NA SILPA (芸術の顔)の称号をタイ王国から2006・11・17 に
世界的名作遺産作家認定証 を選考委員長クリスティーヌ・モノー(ル・サロン会長)氏より2011・12・1 にいただきました
エルミタージュ美術館(ロシア)からは「友情と芸術の鍵」を2011・12・30 にいただきました
アジア文化顕彰 ソムラップ・キティヤコーン殿下(タイ王国王族)創設(2012.8.30)受賞
エルミタージュ世界芸術遺産作家認定 ロシア芸術協会 & 選考委員長クリスチィーヌ・モノー(2014.3.1)

認定に関しましては様々な国や市から頂戴しております。

また、次のところで展覧しております。  
【委託画廊:「Ashok k Jain Gallery 」ART d4】10 Grand Central,155East 44th ST. 6th Floor Suite 52 New York 10017
常設展示:「きままや」宮城県栗原市若柳川北新町裏250 090 2997 4465 
常設展示 : 「焼岳」奥飛騨温泉 奥飛騨ガーデンホテル & 朧

昨日のこと・続き

昨日の日イラン外交関係樹立90周年記念芸術作品集『美がつなぐ4700マイル』発刊記念式典ではイラン文化センターの
森島聡氏が通訳を担当されました。メモ無しで、日本語に、そしてペルシャ語に訳されます。すっかり感心してしまいました。
若い頃、私はいわゆる “あご あし やど” の国際会議とうの時などは主にお金を扱う担当部署でした。
ご一緒していただいた田中とも子氏は通訳の担当でした。詳しくは省きますが、京都国際会議などでは、東京のホテルや、京都国際会議場、
そして京都のホテルで一緒に働いたのです。お会いする度に遠い日の思い出に立ち返るのです。
その田中とも子さんと、メモ無しで通訳される森島氏のこと、二人して誉めあっていました。

森島 聡氏と撮していただいたものを掲示します。

撮影/イラン文化センターの方でパキスタンの方
森島聡氏と田中ともこ氏(右)

日イラン外交関係樹立90周年芸術作品集『美がつなぐ4700マイル』発刊記念式典

今日7月20日午後2:30〜16:30、東京都港区南麻布の駐日イラン大使館において、タイトル(上記)の式典が挙行された。
出展の私もコレクターのひとり、田中ともこ氏に同行を願って、参席した。
イランとの交流は歴史が非常に長く、奈良時代に遡るとのこと。正倉院にペルシャ様式の工芸品が数々残されているとのこと。
平城宮跡地から出土した八世紀中頃の木簡にはペルシャを表す名字を持つお役人の名前が存在するとのこと。
シルクロードを経由して古代日本にイランの人々が渡来していたともいわれているそうです。
そんなイランと日本の外交関係樹立90周年記念芸術作品集『美がつなぐ4700マイル』発刊がなされ、芸術を通じた両国の友情の証しとして
在東京イラン大使館の文化部門のトップである文化参事官、ホセイン・ディヴサラール博士より感謝状が贈られました。
レセプッションでの美味しいポテトサラダをお代わりをしていただきました。
なによりも駐日イラン大使のモルテザ・ラフマーニ氏のご参席と祝辞があって、感謝状は、ホセイン・ディヴサラール博士と、主催者の
国民みらい社長小林氏と、イラン大使ラフマーニ氏の三人で、代わる代わるお手渡しされたのです。
なお、習慣から、握手は出来ませんでした。男性間では問題が無いそうでした。

合間には弦打楽器、サントゥールの演奏が岩崎和音氏によって奏でられ、クルミの木で出来ているというサントゥールという楽器の音色を
愉しみました。
何点か写真を掲示します。

撮影/田中ともこ氏
感謝状をいただきました
 撮影/イラン文化センターの方でパキスタンの方
文化参事官ホセイン・ディヴサラール博士と田中ともこ氏と
 撮影/イラン文化センターの方でパキスタンの方
「旧き もの』私の作品左と
感謝状
訳文
目眩が続き医者に行きました
めまひには小突きて半年医師いひし
ゆ っ たりしてねにケ|キ買ひ来し
日に千度奇跡願ふは彼ならず欲深き
かなわたしの願ひ
日に千度願い参らす回復を短冊にし
て七夕の夜
脳出血のあと施設に日を送る
夫 金城は車椅子を押すまでに
な っ ています

肘傘雨

つい最近知った言葉に「肘傘雨」というのがあって、これで歌を作りたいとおもっていたら、今朝出来た。独りで朝食中に。
江戸時代の版画にこの「肘傘雨」が描かれているものがあるそうだが、そういえば見たことがあるような無いような。
どんな絵柄かも判らないから、当然、作者名も判らないままにいる。
短歌の大家から送られて来たA5版冊子のなかの一首。知ったばかりで、使いこなせるかどうか判らないままに、気に入った言葉。

今夕も夫を背に施設出る車直ぐそこ肘傘雨で  
   詠み : 『こんせきも つまをそびらにしせつでる くるますぐそこ ひじかさあめで』    祐子

ノウゼンカズラが咲き始めていました。

半夏生の今日は、雨も小止み状態。ノウゼンカズラが咲き始めているのに気が付かずにいました。
そろそろお仕舞いの紫陽花が、哀れな色合い。右手にある山紫陽花は、相当切り花としてカットされたのに
まだまだあります。
ノウゼンカズラに頭を貸している柘植の木はいささか可愛そう。ノウゼンカズラの花が終わらない限り
剪定出来ません。施設にいる夫 金城に見せようと撮影したのに相変わらず眠っていて見せられませんでした。
起きた頃にはこちらが忘れています。

ノウゼンカズラが咲きました

 豆冊子「をんなの時間さまざまⅩⅩⅩⅢ」

19才の頃から始めた短歌。婦人公論に投稿したのは、多分大学卒業後。宮柊二選で、たまに活字になって婦人公論に掲載された。大濱家にいるときであった。
油絵を描き始めて暫くは忘れていたが、ニューヨークへ2回目に行く逗子駅で突然、詠み始めた。夫が何時もの様に見送りをしてくれ、「このたびも 夫(つま)が
見送りありがたし神仏の加護あまた携へ」と。電車が出て、直ぐに書き留め、成田到着後もなにやら歌 らしきものが 57577で、出てくる。成田で出会った「ケン」
と云う青年は、勝手な想像を許して貰えるなら、キリスト・クライストのような容貌。で、この美青年ケンのことも歌にした。オープニングパーティにも彼は来てくれて
日本語が分かるし、展覧会は私の手作りのお団子の所為もあって、とても良い思い出の、マンハッタンのお話し。
さて、それから絵のほうは、「をんなの時間さまざま」で、歌のほうも相変わらず、同じタイトルに決めて続けて来た。
今年初め、100首の豆冊子を作ったが、紙の枚数が多すぎ、ホッチキスで苦労した。一度では済まないのであった。ひどいときには5回もやり直しを。
ホッチキスの針の痕が醜くなって、私自身が腐ったことである。
それで前回の32号は表紙も併せ、10枚にし、今回の33号は、81首。表紙ともで12枚。100首のときよりは、2枚少ない。
今日、表紙のみを印刷注文。その間に中身をコピーしようと準備中。
せっせこ作る私に夫は “あなたは金になら無いことするの 好きだねぇ” と脇で言いつつ、2万本のホッチキスの針と、新しいホッチキスを黙ってアマゾンで買ってくれる。
失敗があって、大部ホッチキスの針が減ったけれど、まだまだ随分とある。
33号の表紙、裏表紙を夫 「金城」 にしてみた。初めで最後でしょう。春の日に菩提寺で、紙切りの奉納があったのだが、1984年に金城がモデルになり、切って下さった
2代目林家正楽さんのお孫さん、八楽さんのご登場。それで、切り絵を持っている私は、表紙にしようと思いついたわけ。それも、表は私の絵で、裏に切り絵を。
31号、32号、33号とこれまでよりは歌数がおおいのです。33号をこの辺で作らないと、既に次の歌が20首あって、ホッチキス騒ぎになるので、慌てて作ります。
その表紙と裏表紙を掲示します。

金城の誕生日に慌てて描いた1980年の作品 と 切り絵の金城1984年
をんなの時間さまざまⅩⅩⅩⅢ の表紙・裏表紙

安芸の宮島

2日かけて宮島を観光。2度あることは3度ある。また来たい、という思いを抱いての神域巡り。
島そのものがご神体の、世界遺産、日本三景。雨に烟るも青葉が美しい。

ご神体 傷つけはならぬと海の上 鳥居を創りし相国の思い
思はず口をついて出る平清盛の像の前。
写真におさめる時にも小雨が降る。
ホテルの窓から桟橋やら、バスの大駐車場を見下ろしていると、大勢の修学旅行生たちの列。
オット!のんびりしてはいられない。
急ぎ、桟橋へ。大混雑は避けられて、10分間の船旅。

雨雲のあつく宮島今朝方も弥山は見せず渡り行く我
島影は観光船の行きかへど 昔を今に かすむ霧雨
墓地のなき神域宮島三度目を望みて二日渡りこしかも
牡蠣殻を船へと積み込むクレーン船 あやつる人の動き見て居り
大鳥居昨日引潮 今朝みれば 潮のみちゐて朱こそ明るき
鹿を
こちら向き松の根方に雨避けて振り向きもせず写真撮られゐ

短歌の方はまた豆冊子で発表しましょう。
会場の作品を掲示します。

抽象の絵画によする我が思い 読む人あれば心楽しき
安芸の宮島言の葉展での作品

こぬか雨の宮島

安芸の宮島で開催される 宮島彫リ文芸展『言の葉展』を見に来た。15日〜17日開催で、14日の新幹線で来て夕方の宮島を散策。
晴れ女の私。しかしこぬか雨が降り、三つ折りの傘が必要。涼しいので歩きやすい。
平清盛さんはじめ、平家の人たちが逃れて、瀬戸内海に繰り広げた源平合戦の象徴みたいなところでしょうか。
哀しみの詰まった島。こぬか雨が相応しく降る。観光客が多くも少なくもない。適当にやって来る。
外国の人が多い。
展覧会の会場になる大聖院まで、ゆっくり、歩いて行く。
鹿がいる。近ずいても来なければ、逃げもしない。一枚写真に収める。ありがとうと言葉をかけて。
明日は展覧会を見にくるだけの時間しかない。昼の新幹線で、夫の処に戻る。
来てみて夫の車椅子ではとても無理な階段の数と知る。写真を少し掲示してみます。

車椅子では無理でした
大聖院の本殿までの階段
15日にあらためて来ます
言の葉展のポスター
引潮の夕刻でした
帰り掛けに納めた大鳥居

届いた写真 日仏 < 3 アートアカデミー展

先日「化粧箱展」を企画した会社さんから、写真が届いた。イカールさんとは実に20年振りの再会ではあるのに、20年前に賞を戴いていてイカールさんの記憶に
残っていたらしく、昨年のパリの化粧箱展、マドレーヌ寺院での開催であったが、この時にも賞を下さった。
笑顔で迎えて下さるイカール氏。握手では物足りない。ロワール地方にお住まいで、地元の手作りクッキーをお土産に下さるイカールさん。思わずハグ。
それがこの写真です。

イカール氏が持っているのが今回の化粧箱。私が持っているポスターは先の化粧箱の絵「ウイーンの森の恋」 です。

ハグしての挨拶 私の左手にあるのはイカールさんからのお土産・クッキー
フランソワーズ・イカール氏と
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