僥倖 ふたつ 

 2017年は日本とタイ国との間は修好130周年にあたった。私は期せずしてラマ9世前プミポン国王の一周忌、日本でいうところの法要を滞在中のブルネイ王国において参列し、白い花を祭壇に手向けることができた。
 駐在ブルネイ国のタイ大使館で、であった。
 ラマ9世プミポン前国王の72歳をお祝いした展覧会が開催された時に、出展要請と共に献上の旨の話しをいただき、宮殿での献上式典の際に私は幸いにも一番に陛下の前に進まされ、献上作品のご説明をした。時の皇太子妃・現ソムサワリ王女殿下芸術勲章を賜った第一回タイ国バンコク芸術博の時で20年前のこと。

 さて今年、2018年6月23日から27日までの短い期間だが、チェンマイ・日本友好美術展が開催された。タイ王朝スコータイからチャクリー王朝に続く780年の歴史を祝った美術展で、チェンマイ市芸術文化センターにおいての催し。あいにく、今年はチェンマイ市には訪問出来なかったが、チェンマイ市芸術文化センターが私の作品を収蔵したいということで、寄贈した。
出展作200点からおよそ50点が収蔵されたという。これまでは王宮や王妃の経営される美術館への収蔵であったが、芸術文化センターという気軽さ。多くの人々の目に触れるだろうことを思っている。また、公共施設というべき収蔵はエルミタージュ美術館を筆頭に21箇所24作品に達し、ひとつの僥倖というべき事柄であろう。

 もう一つは、20才の頃に河名千絵というペンネームで詩を発表していた。
詩集を3冊出したが、その2冊目「ただふたり手をとって」(1975年発行)の中の詩の6つに曲を付けて下さった作曲家がいる。大中恩(おおなかめぐみ)氏。「さっちゃん」「犬のお巡りさん」が特に有名で、今年94歳。
 もう35〜6年も昔になるが、「歌曲」としての譜面をいただいた。手書きの譜面には作曲した日付けが書いてある。1982年12月2日夜半に始まり、1983年12月4日夜半と。そして最後の1983年12月4日とある6つ目の「わたしたち」という詩を8月9日の「歌曲の夕べ」で演奏して下さるという招待状をいただいた。1987年の第44回コールMeg(大中恩の歌だけを歌うコーラスグループ)の演奏会につづいて「わたしたち」は2度目の披露。
 35年も昔、作曲して下さったころは、プログラムに河名千絵の名前が在る時には出掛けて行った。姉や友人をお誘いしたメモがある。
 大中恩氏の奥様、さっちゃんが亡くなられたり、従兄弟の作家・作詞家阪田寛夫氏も亡くなられたりして、随分と月日が流れていった。
 私は詩を書かず、油彩画を世界に発表し続けて今が在り、大中氏はソプラノの北原聖子氏と2004年にご結婚された。
 そして2018年8月9日、東京オペラシティリサイタルホールでの大中恩
「歌曲の夕べ」のプログラムに「わたしたち 河名千絵 詩」が 谷川俊太郎 西条八十 落合惠子 阪田寛夫 高田敏子 やなせたかし という有名人たちと並んで印刷されているパンフレットと共に招待状をいただいた。
(詩を読んでみるともう作れない若い頃の作品。現在は短歌に取り組んでいる)
 僥倖の二つ目である。